諦める、という行為がそれ程苦痛に感じたことはない。
そもそも諦め無ければいけないほど何かを強く求めたこともなかったと思うし、自分から手を伸ばしたりしなくたって大概は相手の方から自分の元へと勝手にやってきてくれた。

だから、どうしたらいいか分からない。
いや、分かってはいるのだ。

この「感情」に気づいた時から。どうしようもなく、アイツが欲しいと思ってしまった瞬間から。
そして同時に、アイツが俺を欲しがることはないだろうと理解したその一瞬から。
諦める、それしか道はないのだと分かっているのに。


こんなにも「諦める」という行為が、こんなにも。
胸を締め付けて、ギシギシ痛んで、辛くて苦しくて惨めになるなんて知らなかった。


世間でいう、「恋」というものが、こんなにも辛いなんて今まで分からなかった。


あぁ、俺はなんて馬鹿なのだろう。





 初恋





そっと掴んだノブは、簡単に回った。
静かに扉を引き、中を窺うと、薄暗い室内には見たところ人はおらず、気配も感じない。
念のためすぐ左手にある教員用の靴箱を覗いてみるが、靴は一足も見当たらない。
どうやら誰もいないだろうという自分の勘が見事当たった確信に、俺はほんの少し口元を持ち上げた。

(・・・・・・さて)

念には念を入れて俺は静かに靴を脱ぐと、そっと室内に侵入し、後ろ手で音を立てないように扉を閉めた。
そのまま足早に右方向へと廊下を進み、やがて現れたその無機質な階段の姿にため息を一つ。
目的の場所まで行くにはこれを上るしか当然手はない訳だが、なかなかに長いこの階段を上ることは、テニス部の 猛練習で鍛えている俺でもちょっとばかりうんざりする。
が、ここでそんなことを嘆いている気も当然ない訳で、すぐさま俺は冷たい階段を上り始めた。


幼稚舎から大学院まである氷帝学園は、この中等部だけでも校舎は何棟にも及んでいる。
その中でもこの特別教室棟は、普段は人気もほとんどなく、他の棟と距離も若干あるため、目的なく近づく者も いないに等しい。
それに他の棟との直通の連絡通路の扉も、使用がない限りは閉じられている。
特別教科専門と言っても、用途としては授業よりも放課後の文化部活動に使われることの方がはるかに多く、その扉は 基本的に放課後しか開かれていない。
一般棟にもそれなりの専門設備は揃っている為、大概の教師達は授業をそちらで済ましてしまうためだ。
俺が今入ってきたのは校舎の裏手にある職員用玄関口だ。
最新鋭の専門的な設備があるこの棟は専門教師たちが個人的研究などによく使用するらしく、職員用の玄関だけはいつも開いているということを 俺は随分前にたまたま知った。
もちろん、こうやって浸入したのは別に何か悪さをするつもりなどではなく。
ただ。

ようやく見えてきた目的の扉に、俺は少しスピードを上げて近づいた。
ここの鍵も年中開いているのは、お見通しだ。

ギィ、と小さな悲鳴をあげてその鉄の扉・・・・屋上の扉は開いた。
密閉された空間内に外から爽やかな風が入ってくる。俺は左手に持っていた靴を履くと、屋上へと降り立った。

この棟は、唯一、屋上への扉に鍵がかかっていない。
他の棟は生徒の出入りも多いため、事故防止の名目ですべて錠がかけられている。

俺がここにこうしてやってくる理由は、ただ一つ。
けれど頭上の景色を見上げて、またため息を一つもらしてしまった。

「・・・・・今日も晴れへんのかな」

ここは、空が一番近い。
その様を見るのに、ここほど適した所はなく、俺がわざわざやってくる理由はそれ以外になかった。
けれど、ここ一週間は天気が芳しくなく、今日も空は重い雲に覆われ、その先にあるだろうものたちは姿を隠していた。
屋上にくれば、もしかしたら雲の隙間から太陽でも拝めるかと思ったが、どうやらそれも叶わぬようだ。
天気予報でもこの時期に悪天候がここまで続くことは非常に稀だと告げていたが、雨と曇りばかりが続くこの天気では、空と 共に俺の心まで深く沈んでいってしまうばかりである。

あの先にはきっと、太陽と、青い蒼い空があるというのに。
今のこの景色を見ると、何もかも嘘のように思えてしまう。

あんなに、熱い日があったことさえも、まるで。

「アホか俺・・・・・・」

愚かな自分の考えに思わず自然と自嘲が洩れた。
馬鹿か、嘘なものか。
それだったらどれほど幸せなことか。
現実だ、何もかも。
一週間前のあの日に・・・・・。
たしかに、俺達は・・・・・・・・。


何度目かも分からない、たまらない絶望感に押し潰されるように、俺はそのまま屋上へと寝転んだ。
視界に広がる空は、ただただ重く、逃げるように、俺は瞼を閉じた。

と、ちょうどその時。

3時限目開始のチャイムが学園に鳴り響いた。











(・・・結局、逃げてもうた・・・・・)

< br>
サボったことがないとは言わないが、一応優等生で通っている俺は今まで数回しか授業を放棄したことがない。
その理由はその日の気分だったり体調だったり、まぁ曖昧な理由ばかりだったのだが、今回は違う。
明確な理由が一つある。

跡部と同じ授業だった・・・・・それだけ。

選択科目式のものなのだが、俺と跡部は「美術」を選んでいた。
俺は他の選択科目であった将来使う機会には恵まれないだろう外国語は勘弁して欲しかったし、跡部は跡部でなぜ美術を選んだのかと以前聞いたら、 「もう全部マスターしてる」というとんでもないが、とんでもなく跡部らしい回答が返ってきた。
まぁ、それはともかく。
最後に授業を受けた時、たしかに教師は言っていた。
次の時間からは人物のデッサンを二人一組で行うので誰と組むか決めておきなさい、と。
元々この教科を選択している人間は少なかったし、それぞれグループのような形で分かれてしまっていた。
つまりは、俺はきっと跡部と組むことになるということで。
俺はそれが正直怖かった訳で。
ここに、空を眺めに+逃げてきた、という結果になる。


(あとで、何か言われるやろか)

跡部のことだ。煩い女たちに私と組んでとせがまれて、不機嫌全開で眉間に皺を寄せている様子がありありと想像できる。
それを考えると申し訳なくは思うのだが、だからと言って、今の俺に跡部の相手が勤まるはずもない。
何時間もお互いの顔を見ながら冷静に絵なんて描けるはずがない。
あの目を見返すことなんて、俺には到底できやしない。




あの日から、俺はアイツの目が、怖くて怖くて、たまらないのだ。










『―――以上により、3勝2敗1ノーゲーム・・・・・青学の勝利です!!』

思い出し頭の中で響いた言葉に、俺の心にまた重い雲がかかったような錯覚にかられた。

ダメだ。思い返すだけで、また手足が震えてしまいそうで。 その目に蔑みの色が灯っていることを、恐れているわけではない。
そうだったら、どんなにか楽だろうか。
何もかも諦めさせてくれたなら、いっそ。
そんな男ではないと、あの瞳に宿る色はきっとそんな冷たいものではないと、分かっているから。
でもそれを見ることは、俺にはきっと許されない。
アイツの隣に立つ資格のなくなった俺になど。


だって。


『天才』


俺には、それしか、なかった。
勝ち続けて、跡部の枷にならずにいる結果があったから、隣に立ち、その目を見て、笑い合うことができた。


でも、あの日に、そんなちっぽけな自信など、一瞬で失った。
俺は負け、結果として、・・・氷帝と、跡部の道を潰してしまった。
勝手な想いを抱いて、そのくせ、ぶつける勇気も、諦める潔さも持っていなかった俺には、跡部の枷にならないことで、傍にいる権利があると。
せめてこの想いを抱くくらいの権利はある、と。
あの瞬間までそう思い込むことだけしか・・・・・・できなかった。






『忍足』


「も・・・・なんで思い出すん?」


脳裏に響くのは、優しくて、残酷な、アイツの声。
止める術を知らない俺は、無駄だと思っていながらも耳を塞いだ。


『忍足』


あの時。

泣きながら笑った俺。ボヤけた視界に映った跡部は、ひどく切なそうな顔をしたのが焼きついている。
どうして、跡部がそんな顔をしたのか、答えは今でも分からない。


なぁ。



「なんで・・・・」


あの時、風が吹いて。
いや、跡部が風を作り出して。



「なんで俺を」








そっと閉じていた瞳を開ける。
変わらずあるのは、重々しいばかりの曇り空。それは数分前にも増して泣き出してしまいそうな色をしている。
つられて、なぜだか俺も少しばかり胸が苦しくなった。

『笑うなよ』

『違う。泣きながら、そんな風に俺の前で笑うんじゃねぇよ・・・・・痛ぇだろうが』

『あと俺に謝るな。そんなことしなくていい』


思い出す言葉は、優しくて。痛くて。
同時に抱きしめられた感覚も、蘇ってきてしまいそうで。

何もかもが、俺の中の押さえ込んでいるモノを溢れ返させてしまうほどの強い力を持っている。


怖い。


多分、こんなにも何かを恐れたことは初めてかもしれない。
跡部の声を思い出すだけで、胸がひどく締め付けられてしまうから。
もし、あの瞳をもう一度見てしまったら・・・・・きっと俺は、「俺」を保てない。
跡部の前では二度と弱さは見せないと、『天才』という存在でいると誓った。
そして、それ以外のすべてを・・・・想いを、諦めると願った。
戸惑いも、後悔だってなかったはずなのに。







どうして俺は、ここに来ている?

どうして俺は・・・・・捨てきれずにいる?








嫌だ。自分の愚かさに、ひどく苛立たされる。
そう、答えなんて分かっている。
けれどその答えを否定し、消し去らなければいけないのに、俺にはそれができないのだ。
こんな俺を、一体誰が「天才」だなどと呼んだのだろう。






「ホンマ・・・・・・」



何を捨てられない?


――――想い、だけを。



どうして俺は、ここにいる?



「女々しい・・・・・・」


――――あの瞳を見れないから。


青い蒼い空のような、いや空よりも美しい、俺を染め上げるあの色が見たくて。
でも、見ることはもう俺には許されないから。

だから、ここへ。








静かに立ち上がり、フェンスへと近づいていく。
その間から見える景色はまったく違うものなのに、触れる感触と温度に、俺の記憶は自然とあの時へと浮上していく。
きつく握り締め、もう進めないコートを見つめることしかできなかった、あの時。
どんなにか悔やんでも、過ぎた事実が変わるはずなんてないのに。

あの日から幾ばくかの時間が過ぎた今でも。


俺はこうして、握りしめ、悔やむことしかできない愚か者。






「ゴメンな・・・・跡部」




重々しい灰色を見上げ、この言葉を何度呟いたことだろうか。
ここに頻繁に来るようになったのは、あの日の翌日から。それ以来、毎日繰り返している。
でも、空は一度も晴れてはいない。
灰色だけが何もかもを覆い、俺に望むものを見せてはくれない。

あぁ、きっと許されることはないのだ。



「ゴメンな」



どうかこうして謝ることだけは、許して欲しい。
俺が今できることは、これだけ、だから。










カツン、と小さくどこかから音が聞こえた。


(・・・・・え?)


静寂に満ちていた空間に、それが耳に入ったことで、俺は少なからず焦った。
思考は一気にそれに集中し、扉の向こうから響いてくるその音・・・・・足音がこちらに向かっていることは明白だと悟った俺の心は、さらに焦りを帯びる。

教師だろうか?俺以外の生徒がここに来るはずはない。

授業時間中、そして立ち入り禁止の屋上への侵入。
さすがにこれを発見されれば、優等生と思われている俺でもなかなかに面倒なことになりそうだと判断した俺は、早々に隠れるという 准将な方法を選択することにした。

振り返れば、そこには入ってきた扉と・・・・・その上には貯水タンク。



(やっぱそこしかあらへんよな)



俺はできるだけ物音を立てないよう足早に、扉の丁度反対側にある、塗装が幾分か剥げているはしごへと近づいた。
迷うことなくそれを掴むと、一気に上りあがる。
汚れたそこへと足を降ろすと、貯水タンクの後ろへ素早く身を隠した。
扉の上に位置するここならば、見つかる心配も皆無に近い。誰もこんな場所を見ないだろうし、仮に見たとしてもここに身を 潜めていれば気づかれる心配もない。
フゥ・・・と一つ息を漏らすと、俺はその場に座り込んだ。



& lt;Br> 足音はもうはっきりと響くまでに近づいている。
カツン・・・カツン・・・・と冷たい音を響かせながらゆっくりとこちらへ。その音が一際高く鳴った後、一瞬だけ静かになった。
そして俺が入ってきた時と同じように鈍く錆付いた悲鳴を小さく上げ、扉が開き、同時に人が入ってくる気配が感じ取れた。


(教師がタバコでも吸いにきたんやろか・・・・・)


そっと窺うように視線をフェンスの方へと向けてみたが、どうやら『教師』はまだ扉付近にいるのか、この角度からではその姿を見ることは できない。

どうでもいいが、さっさと出て行って欲しいと思う。

いやもちろん勝手に浸入している自分に非があるのは十分に理解しているが、何もこんなタイミングでやってくることはないだろうと 逆恨み的感情がせり上がってくる。
ここに自分以外の誰かがやってきたことは一度もない。
たまたま自分がいるときには来なかっただけで、もしかしたら教師たちはよく利用しているのかもしれないが。

でもここは、唯一、一人になれる場所だと思っていたから。
何となく、それを邪魔された気がして。


(一体誰やねん)


顔くらい見ておこうか、とそのまま窺っていたことを俺は次の瞬間、ひどく後悔した。

扉付近にいた『教師』が歩き出し、ようやく俺の視界にその後ろ姿を写すことができた、瞬間。


(な、んで)


曇り空とは対照的な、淡く綺麗な髪色。
ただ立つその姿からも、容易に感じ取れる『彼』独特のオーラ。

『教師』が身を包むはずのスーツではなく、『生徒』が身を包むべき制服を一寸の隙もなく着こなすその姿は。

まぎれもなく。
間違うはずもなく。


(跡部・・・・・・)


跡部は先ほど俺がそうしたのと同じように、ゆっくりとフェンスに近づき、空を見上げている。
俺といえば、視線は釘付けになった状態で、混乱が脳を支配している状態で。

;
なぜ、跡部がここに来ている?
授業は?
というか、この場所をどうして知っている?
何をしに来た?


次から次へと疑問が湧いて出てくるが、当然その答えは分かるはずもなく。
先ほどの焦りなど比ではないくらいに、俺は動揺し、緊張に身が固くなっていた。
どうしようか、と考えたが、ここに隠れている以外に方法はないだろうと結論を出し、跡部が出ていくまで身を潜めることを決めた。

視線は変わらず跡部から離せず、空を無言で見続けている跡部を、俺も無言で見つめている。
跡部は一体、あの灰色の空を見て、何を思っているのだろうか。
遠くの後ろ姿からでは到底何も読み取れず。けれどその手が静かにフェンスを掴んだ姿に、心臓は高鳴り、 数分前の自分とダブって見えてしまった。

跡部も、あのフェンス越しにもう進むことの出来ないコートへと思いをはせているのか。

その原因を作った自身にまた嫌悪感が募ってくる。

そうだ。あの男の道を潰したのは、俺。



許して欲しい訳ではない、決して。
俺の勝手な自己満足でしかないけれど。
もう一度、謝りたい。
跡部はきっと嫌がるだろうし、臆病な俺は目を見ることもできないから。
その背に向けて、一言だけ。
跡部までは届かないように、小さく、呟く程度の声量で。



「ゴメ・・・・・」




「謝るなって言ったはずだぜ?」



言おうとした言葉に。
届くはずのない声に、振り返った跡部が、笑った。



「それを忘れるお前じゃねぇよな?」


続いて出た言葉に、それが確実に自分に向けられているものなのだと理解し、心臓を射抜かれた。


声が出ない。出せない。
あの日以来、見れなかった眼。
その青い蒼い綺麗な瞳。


「なぁ?忍足」


それに貫かれ、体中の力が今にも抜けて、崩れ落ちてしまいそうだ。


怖い。

怖い。


そんな眼で、俺を見ないでくれ。
これだけの距離があっても分かる、その眼。

蔑みも、侮蔑も、ない。

以前と変わらない、そんな優しい眼で、俺を見ないで。







心の中で叫んだ俺の願いは届かず、跡部は視線を逸らすことなく、こちらへと近づいてくる。
はしごの真下までやってきた跡部は、昇ろうとはせず、見上げ、その右手を俺へと伸ばした。

「来いよ」

動けずにいる俺に向けて、たった一言。

「え?」

やっと出せた声は情けなくも掠れていて、跡部はそれに対して呆れるでもなく、もう一度高く手を掲げた。
視線は逸らしたくても逸らせなくて、頭の中は相変わらず混乱と恐怖に支配されていたけれど、その手だけは掴んでは いけないとはっきりと分かっている。
・・・・・もう、甘えてはいけない。

両手をそっと、強く握り込んだ。


「跡部、授業どないしたん?」


必死にいつも通りの笑みを作って、先ほどの跡部の言葉を無視するようにそんな質問をしてみる。
早く跡部がその手を戻して、一刻も早く立ち去って欲しい。
俺が、お前の望む「俺」でいるうちに。

「なぁ、俺言ったはずだぜ?」

「え・・・・・・」

「俺の前で、泣きながら笑うなって」

跡部の言葉の意味が分からない。
呆然とする俺に、跡部が最後通告のように決定的な言葉を口にした。

「泣くなよ、忍足」

そうして、切なそうに笑う。
あの時と同じように、それは綺麗に、優しく。

握っていた手を開き、自分の頬を辿れば、たしかに冷たい何かに触れた。
泣いている?俺が?

あの時と、同じように?



「もう一度言うぜ」

跡部はその手をより高く掲げ、俺が自ら自分の元へ降りてくるのを促している。
ダメだ。
もう跡部の隣にはいられない。
いては、いけない。
跡部だって、そんなこと分かっているはずなのに。


「お前は、俺の隣にいろ」


その言葉を聞くのは、二度目だ。
あの時、肯定も否定も、俺には返すことができなかった。
今度こそ、言わなければ。
「それはできない」と、ただそれだけを伝えるだけでいい。


「跡部、俺は・・・・・」

「お前はあの時、何も返さなかった」

「・・・・・・・・・・」

「俺は、天才として隣にいろなんて、一言も言ってないぜ」

「何言うて・・・・・・」


何もかも否定してくれ。
そうすれば、俺は「俺」でいられるから。
お願いだから。



「お前が隣にいれば、俺はそれでいい」



そんな風に、笑わないでくれ。




「俺、は」

あぁ、まただ。溢れ出すように涙が視界を歪ませていく。
跡部の顔も段々とボヤけていって、うまく捕らえることができない。

「忍足」

もうこれ以上俺を弱くしないでくれ。
一言、否定の言葉を告げる権利を、どうか俺に許してくれ。



「俺から、逃げるな」



今度は自分でも分かる。
言葉と共に、滑稽な程に溢れ出した、それ。
どうして、どうして。
アンタは「天才」の望む言葉をくれない?
どうして。
俺が望んでしまう言葉ばかりくれる?


「来いよ、忍足」


その手を取ってはいけない。
分かっている、分かりすぎているはずなのに、俺の体は動いてしまった。


「跡部・・・・・」


身を乗り出し、手を伸ばし、跡部の手に触れ、捕まれ。




「もう、逃がさねぇ」




強い力で、引き寄せられた。

「・・・・っ」

一瞬の浮遊感の後、重力に従い、俺の体はそのまま下へ。
早すぎるそのスピードに恐怖を感じる暇もなく、跡部の腕の中へと落ちていく。
強い衝撃と共に俺を受け止めた跡部は少しよろめいたものの、倒れることなく、抱きとめてくれた。



「忍足」


名を呼ばれ、顔を上げれば、吸い込まれるような蒼い色が俺の視界を満たす。
不思議と、恐怖はなくなっていた。




「俺の隣にいろ」




三度目の問いかけ。
俺の答えは。



「・・・・・あぁ。跡部が望んでくれるなら」



肯定を返した俺に、跡部が笑う。
「当たり前だ、バーカ」なんて、相変わらずの口調で、楽しそうに。


その姿に俺の胸は歓喜に沸いて、でも次いで訪れた理性に阻まれ言葉は出せずに、強く縋りついた。
あの日の疑問は胸にしまって。







見上げた空は、もう、灰色ではなかった。

いつの間にか、泣きたくなるくらいの青空が、限りなく、広がっていた。






 END.










The 限界!
長ッ!なんでこんなに長くなったの・・・・?!ヒィイ!
え〜しかもここまで長々書いておいて、この二人、まだ微妙にくっついてません!!
おっしも何かまだ抱えてますしね(お前がそうしたんだろうが)
いろんな疑問は次の話にに持ち越します(オイ)
でもあと少しだよ・・・・跡部、ファイト!

どうでもいいことですが、私が昔通っていた高校は屋上立ち入り禁止ですんごく残念でした。
結局一度も屋上から空を見上げることはできなかった・・・・・。
そしてファンブックを読んで、氷帝の校舎の使用設定を勝手に作りかえた女・・・・・えへ!(笑ってごまかすな)

こんな駄文を読んで頂いて、ありがとうございました。
まだまだ続きますので、よろしければお付き合いください。
まずは二人をくっつけなきゃ・・・・・・!

2005年6月21日